労働判例に担当裁判例が掲載されました
労働判例No.1323.57頁(2025年3月15日号)に、原告訴訟代理人を担当した、あさと物流事件(神戸地裁令6.5.13判決)~運行時間外手当を導入する賃金規程の改定の有効性等~が掲載されました。
原告の主位的主張 運行時間外手当(歩合給)は固定残業代として無効
原告は、国際自動車事件第二次最判やテックジャパン事件最判等、累次の最判等から、
「運行時間外手当」(=「歩合給」)は、固定残業代として無効だと主張してきました。
原告の予備的主張 運行時間外手当(歩合給)=固定残業代を導入する賃金規程の改定は無効
予備的に熊本総合運輸事件 最二小判令5.3.10 労判1284号5頁に照らし、「運行時間外手当」は無効という主張もしていました。
(同時に、就業規則の不利益変更の合理性にかかる議論もしました。)
運行時間外手当(歩合給)は固定残業代として無効ではあるが
結論としては、「運行時間外手当」は固定残業代として無効なのですが、
「運行時間外手当」そのものの固定残業代としての有効性(争点3)は、判断されていません。
判決は「以上によれば、本件における賃金規定の改定は、不利益変更として無効であるから、争点3について判断するまでもなく、本件規定における運行時間外手当は、これに対応する旧規定における歩合給等と同様に、割増賃金の算定の基礎に含まれる一方、割増賃金への充当は認められないというべきである。そして、運行時間外手当のうち運賃収入に一定割合を乗じて算出する部分は、旧規定の歩合給に対応するものであるから、歩合給としての割増賃金の算定の基礎とし、その余の部分は固定給として取り扱うべきである。」としています(判決13~14頁)。
賃金規程変更に関する自由な意思に基づく合意に関する判断
本判決中は、賃金規程変更に関し、自由な意思に基づく合意に関する判断(山梨信組事件 最二小判 平成28年2月19日)をしています。
しかし、これは原告の立場としては本来不要と考えます。
被告も最終準備書面でいきなり言い出したことで、当事者間で山梨信組事件に関する議論を重ねてきたわけではありません。
(これが判決期日延期の理由であったと見ています。)
本判決も、合意があったと事実認定しているわけではありません。
そのため、本判決は、「この点、被告は、上記賃金規定の変更は、その必要性について従業員の理解を得た上で、原告を含む従業員との合意に基づいてなされたものであって、労働者の自由な意思に基づいてなされた合意によるものとして有効である旨主張し…」とし(判決12頁)、それに続けて、「自由な意思に基づくとみられる客観的合理的な理由は認められない」(判決13頁)という合意の事実認定を前提としない論理です。
なお、原告主張は「本件合意書には、本件規定に関する記載は一切なく、これを全体としてみれば、旧規定下における時間外手当等が歩合給に含まれるとする運用を踏まえて、被告が、本来支払われるべき割増賃金の代わりに「迷惑料」を支払うことを約したものと解するのが合理的であり、本件規定に関する合意ではない。」としています(判決7頁)。
しかし、仮に、「合意」があったとしても、
本件においては、固定残業代導入による「不利益の程度」等を適切に勘案し、
「自由な意思に基づくとみられる客観的合理的な理由は認められない」としたことには意義があります。
本判決の意義
そして、こうした事実関係の下では就業規則変更の合理性がないとしたことにも意義があります。
固定残業代を就業規則の不利益変更により、途中で創設している会社は珍しくないと思われます。
(創設時から固定残業代ありという会社は珍しい?)
そうした残業が常態化している会社での固定残業代創設の場面では、本件と同様の事態があり得るでしょう。
下級審判例の場面において、
熊本総合運輸事件 最二小判令5.3.10 労判1284号5頁の適用をしようとすれば、
就業規則の不利益変更(労契法10条)の問題で解消されてしまうのかもしれません。
しかし、上記のとおり固定残業代を導入した就業規則の不利益変更に合理性がないと判断したこと自体に意義があると考えています。
また、付加金の支払を命じたことも適切です。
弁護士中井雅人